第9地区
介助に入った人が、映画に行く、というので、それにお供して一緒に観た。
この人の介助のときにはたまにこういうことがあり、
介助中ということで映画の料金も負担してもらえ、勤務中に映画が観られてうれしい
のだが、
映画の趣味がまったく合わないのが普段からすこぶる残念なのである。
とにかく、SF映画であれば観に行かないと気が済まないというこのお方。
かたや、私は、SF映画に滅多に食指が動かず、スターウォーズもスタートレックも観ていないので、この人と映画の話をすると、信じられない、人間じゃねえ、というくらいの目を向けられるのである。
映画館に行ったときは自分の見たいもののポスターの前で立ち止まり、これおもしろいらしいですよ、とじわじわとさりげなく、自分好みの映画に導こうとするが、その努力が実った試しがない。
今日も、その人の目的は、『第9地区』というSF映画で、「ヨハネスブルグの空に漂流した宇宙船、自分達の星に帰れなくなった宇宙人がそこから降りてきて、アフリカ大陸に住み着いてしまう」という、私ひとりなら絶対に選ばないな…、という代物。
せめてとなりのマーチン・スコセッシ監督のやつの方がよかった、と、ぶつぶつ思いながら座席についたのだが……。
これが、めちゃめちゃ面白かったのだ
。
漂流して上陸した宇宙人たちは、「共同移住区」とされた土地に住み着いた。地球の人間たちに「エビ」と呼ばれ蔑まれ、警戒されつづけながらも20年住み続けていたが、争いが絶えず、とくに第9地区はスラム化して治安が最悪の危険地区となっていった。「エビ」たちの存在を目障りに思う南ア政府、エビ研究委員会(?)のメンバー達によって第9地区からの移住計画が立てられ、エビ星人たちは強制的に立ち退きを迫られる。立ち退き対策委員長になった男は張り切って、何とか平和的に立ち退かせ、用意した移住地(施設みたいなところ、たぶん強制収容所みたいな。ほとんど殺されるはず)に移そうと第九地区に住むエビ人宅を歩いて回り、立ち退き同意書にサインをさせて回るのだが、その途中で妙な液体を身体にかけてしまったために、腕がエビ人間に変わってしまう。どんどんエビ化してくる委員長。さあ大変…。
と概ね、こういう話で、筋をあらためて書いていると非常に破天荒にも思えるのだが、地球に溢れている難民、移民問題の軋轢を連想させる。
しかし、これは今私があらためて思い返してのことで、観ているあいだはそんなこと全然考えず、笑ってしまうのである。
ともすれば残酷な話のようなのだが、
とにかく隙の多さ、突っ込みどころ満載の調子に笑ってしまうのである。
出てくる人間がみんな悪人なのがおかしい。
エビ人間を蔑み、惨殺する、もしくは研究対象として非人道的な扱いをする研究機関上層部の白人たちはもちろん、主人公と思われる腕がエビになってしまう委員長だって結構自己中だし、
唯一エビたちと共存している南アフリカの黒人スラム社会の人たちも、はじめは残忍だけどいい人になる予感がする、と思いきや潔いくらい悪人のままだった。
一番人間的なあたたかさを感じるのが、エビ人のクリストファーと、そのおちびちゃん。
ちょっと気弱だったり、子供を思う心を持っていたり、感情移入できるとしたらここだろう。しかしエビ人間は見た目がどうしようもないくらいグロテスク。好物の猫缶を喰らう姿など、正視に堪えない。
これから観るつもりの人もいるだろうし、多くは書かないが、
私はこの隙の多さは戦略的で、この映画の大きな魅力だと思っている。
このすっとぼけたところがなければ、人もエビもばんばん跡形もなく殺されていくシーンは嫌悪感しか抱けないだろうし、現実の難民問題を想起させすぎて、説教臭いものになっていただろう。
でも、
「そんなすごい科学技術を持ってるんなら、とっとと宇宙船を動かして故郷の星に帰ればいいじゃないか…」
とか、「そんなばかな」とこっちがあきれるような隙があるからこそ、
ウフフと笑って観られたのだと思う。
「面白かったですねえ」
と映画を観終わった後、連れの人に言ったら、
「あんまり面白くなかった」
と不満な顔をしている。
もっと宇宙船どうしがバンバンやりあうような、派手なものを期待していたらしく、
「なんだったんだ、って感じ」
と、がっかりしている。
どうも趣味が合わないらしい。
この人の介助のときにはたまにこういうことがあり、
介助中ということで映画の料金も負担してもらえ、勤務中に映画が観られてうれしい
のだが、映画の趣味がまったく合わないのが普段からすこぶる残念なのである。
とにかく、SF映画であれば観に行かないと気が済まないというこのお方。
かたや、私は、SF映画に滅多に食指が動かず、スターウォーズもスタートレックも観ていないので、この人と映画の話をすると、信じられない、人間じゃねえ、というくらいの目を向けられるのである。
映画館に行ったときは自分の見たいもののポスターの前で立ち止まり、これおもしろいらしいですよ、とじわじわとさりげなく、自分好みの映画に導こうとするが、その努力が実った試しがない。
今日も、その人の目的は、『第9地区』というSF映画で、「ヨハネスブルグの空に漂流した宇宙船、自分達の星に帰れなくなった宇宙人がそこから降りてきて、アフリカ大陸に住み着いてしまう」という、私ひとりなら絶対に選ばないな…、という代物。
せめてとなりのマーチン・スコセッシ監督のやつの方がよかった、と、ぶつぶつ思いながら座席についたのだが……。
これが、めちゃめちゃ面白かったのだ
。漂流して上陸した宇宙人たちは、「共同移住区」とされた土地に住み着いた。地球の人間たちに「エビ」と呼ばれ蔑まれ、警戒されつづけながらも20年住み続けていたが、争いが絶えず、とくに第9地区はスラム化して治安が最悪の危険地区となっていった。「エビ」たちの存在を目障りに思う南ア政府、エビ研究委員会(?)のメンバー達によって第9地区からの移住計画が立てられ、エビ星人たちは強制的に立ち退きを迫られる。立ち退き対策委員長になった男は張り切って、何とか平和的に立ち退かせ、用意した移住地(施設みたいなところ、たぶん強制収容所みたいな。ほとんど殺されるはず)に移そうと第九地区に住むエビ人宅を歩いて回り、立ち退き同意書にサインをさせて回るのだが、その途中で妙な液体を身体にかけてしまったために、腕がエビ人間に変わってしまう。どんどんエビ化してくる委員長。さあ大変…。
と概ね、こういう話で、筋をあらためて書いていると非常に破天荒にも思えるのだが、地球に溢れている難民、移民問題の軋轢を連想させる。
しかし、これは今私があらためて思い返してのことで、観ているあいだはそんなこと全然考えず、笑ってしまうのである。
ともすれば残酷な話のようなのだが、
とにかく隙の多さ、突っ込みどころ満載の調子に笑ってしまうのである。
出てくる人間がみんな悪人なのがおかしい。
エビ人間を蔑み、惨殺する、もしくは研究対象として非人道的な扱いをする研究機関上層部の白人たちはもちろん、主人公と思われる腕がエビになってしまう委員長だって結構自己中だし、
唯一エビたちと共存している南アフリカの黒人スラム社会の人たちも、はじめは残忍だけどいい人になる予感がする、と思いきや潔いくらい悪人のままだった。
一番人間的なあたたかさを感じるのが、エビ人のクリストファーと、そのおちびちゃん。
ちょっと気弱だったり、子供を思う心を持っていたり、感情移入できるとしたらここだろう。しかしエビ人間は見た目がどうしようもないくらいグロテスク。好物の猫缶を喰らう姿など、正視に堪えない。
これから観るつもりの人もいるだろうし、多くは書かないが、
私はこの隙の多さは戦略的で、この映画の大きな魅力だと思っている。
このすっとぼけたところがなければ、人もエビもばんばん跡形もなく殺されていくシーンは嫌悪感しか抱けないだろうし、現実の難民問題を想起させすぎて、説教臭いものになっていただろう。
でも、
「そんなすごい科学技術を持ってるんなら、とっとと宇宙船を動かして故郷の星に帰ればいいじゃないか…」
とか、「そんなばかな」とこっちがあきれるような隙があるからこそ、
ウフフと笑って観られたのだと思う。
「面白かったですねえ」
と映画を観終わった後、連れの人に言ったら、
「あんまり面白くなかった」
と不満な顔をしている。
もっと宇宙船どうしがバンバンやりあうような、派手なものを期待していたらしく、
「なんだったんだ、って感じ」
と、がっかりしている。
どうも趣味が合わないらしい。
"第9地区" へのコメントを書く