ララミー・プロジェクト
昨日Lalamie projectという芝居をブルックリンのBAMに観に行った。
Lalamie projectは1998年にワイオミング州ララミーで実際に遭った事件を扱っている。当時大学生だったMatthew shepardさんがフェンスに結びつけられ、ひどく身体を痛めつけられて亡くなった、という事件が起こった。この事件が結果的に全米で大きく取り上げられることになったのは、マシューさんが暴行を受けた理由が「ゲイである」ことだったからだ。これは「ヘイトクライム」だ、ということで、小さなララミーの町を揺るがせた。Tecnic Theaterの劇団員は、ワイオミング州ララミーに向かい、関係者や街の人たちにインタビューをして回った。そのインタビューを構成し、この「ヘイトクライム」の実態、背景にあるものをあきらかにしていくドキュメンタリーに仕上げたのが、Lalamie Projectという芝居である。Laramie projectはデンバーで初演され、その後NY、その他の街で次々と上演された。日本でも燐光群が常田景子さんの翻訳で上演している。
今回は、このLaramie projectパート1と合わせて、事件の後10年間を経て、ララミーの街はいかに変わったか、(あるいは変わらなかったか)を、劇団員たちがおよそ10年後のララミーを訪ね、またインタビューしてまわり作ったLaramie project TEN YEARSというのが上演されており、それでかなり話題になっている。ACCフェローシップ仲間のチョンが勧めてくれたので、観に行こうという気になり、かなりの期待に胸を膨らませていった。
しかしながら、その、パート1が終わった時点で、私はかなり打ちひしがれていた。
聞き取りが困難なのである。
他の芝居でもここまでのことはなかった。シンプルな演出の、インタビューを構成した、怒涛のように人が喋る報告劇は、聞いているうちに理解を諦めたくなった。
終わりのほうなど、最近しばらく食べていないなと、湯気の出たラーメンがちらちら脳裏に浮かんでくる始末で、話を追う熱意も失せていた。
一部が5時すぎに終わり、二部が7時半からだった。一部が終わった時点で、すでにチケットを購入しているにも関わらず、よっぽどもう帰ろうかと思った。
このまま二部で、10年後のララミーがどんな状態であったとしても、私には理解し得ないのではとネガティブな気持ちでどんよりしていたが、
チケット代がもったいないというその一念だけで我慢して7時半からの回を観ることにした。
ここで諦めなかったのがよかった。
二部は席に空きができたのか、あなたはラッキーだよ、と受付の人が前から三番目の席にしてくれた。
そのせいか、幾分か一部よりも聞き取りやすく、内容もなんとなくわかるようになっていた。
一部の忍耐を経て二部に来たからか、もともと二部がわかりやすかったからか。
私が一番興味をそそられたシーンが、マシューを殺して服役中の犯人の男(当時19だから今30くらいか)に、刑務所まで劇団員がインタビューをしに行ったところである。緊迫した空気が流れた。
私は身を乗り出した。
そのつなぎを着た囚人の男性の声が聞き取れないのである。ちょっとぼそぼそ言ってる感じだったので、
「え、なんて、今、なんて?」と身を乗り出しているうちに、そのシーンは終わってしまった。Oh、My God……。
なんか、すごくいいこと言ってるっぽいマシューの友達のラストのセリフも、実はよく聞き取れなかった。観客がスタンディングオベーションのなか、私は複雑な気持ちで拍手していた。
まだまだ、観に行く演劇を選ばなければならないことを痛感したのだった。
9.11があったから、劇団員たちは再度ララミーにインタビューしにいくことを決めたらしい。ララミーでマシューはメモリアル化されていた。先月私がワールドトレードセンターの跡地に行ったときも、そこはすでにメモリアル化されていた。あの日を忘れない、あの事件を忘れない、そう、固く思うことに、どういう意味を見出すのか。
わからないながらも、あれこれ考えさせられた芝居だった。写真は劇場に行く前に歩いたブルックリン橋より。
Lalamie projectは1998年にワイオミング州ララミーで実際に遭った事件を扱っている。当時大学生だったMatthew shepardさんがフェンスに結びつけられ、ひどく身体を痛めつけられて亡くなった、という事件が起こった。この事件が結果的に全米で大きく取り上げられることになったのは、マシューさんが暴行を受けた理由が「ゲイである」ことだったからだ。これは「ヘイトクライム」だ、ということで、小さなララミーの町を揺るがせた。Tecnic Theaterの劇団員は、ワイオミング州ララミーに向かい、関係者や街の人たちにインタビューをして回った。そのインタビューを構成し、この「ヘイトクライム」の実態、背景にあるものをあきらかにしていくドキュメンタリーに仕上げたのが、Lalamie Projectという芝居である。Laramie projectはデンバーで初演され、その後NY、その他の街で次々と上演された。日本でも燐光群が常田景子さんの翻訳で上演している。
今回は、このLaramie projectパート1と合わせて、事件の後10年間を経て、ララミーの街はいかに変わったか、(あるいは変わらなかったか)を、劇団員たちがおよそ10年後のララミーを訪ね、またインタビューしてまわり作ったLaramie project TEN YEARSというのが上演されており、それでかなり話題になっている。ACCフェローシップ仲間のチョンが勧めてくれたので、観に行こうという気になり、かなりの期待に胸を膨らませていった。
しかしながら、その、パート1が終わった時点で、私はかなり打ちひしがれていた。
聞き取りが困難なのである。
他の芝居でもここまでのことはなかった。シンプルな演出の、インタビューを構成した、怒涛のように人が喋る報告劇は、聞いているうちに理解を諦めたくなった。
終わりのほうなど、最近しばらく食べていないなと、湯気の出たラーメンがちらちら脳裏に浮かんでくる始末で、話を追う熱意も失せていた。
一部が5時すぎに終わり、二部が7時半からだった。一部が終わった時点で、すでにチケットを購入しているにも関わらず、よっぽどもう帰ろうかと思った。
このまま二部で、10年後のララミーがどんな状態であったとしても、私には理解し得ないのではとネガティブな気持ちでどんよりしていたが、
チケット代がもったいないというその一念だけで我慢して7時半からの回を観ることにした。
ここで諦めなかったのがよかった。
二部は席に空きができたのか、あなたはラッキーだよ、と受付の人が前から三番目の席にしてくれた。
そのせいか、幾分か一部よりも聞き取りやすく、内容もなんとなくわかるようになっていた。
一部の忍耐を経て二部に来たからか、もともと二部がわかりやすかったからか。
私が一番興味をそそられたシーンが、マシューを殺して服役中の犯人の男(当時19だから今30くらいか)に、刑務所まで劇団員がインタビューをしに行ったところである。緊迫した空気が流れた。
私は身を乗り出した。
そのつなぎを着た囚人の男性の声が聞き取れないのである。ちょっとぼそぼそ言ってる感じだったので、
「え、なんて、今、なんて?」と身を乗り出しているうちに、そのシーンは終わってしまった。Oh、My God……。
なんか、すごくいいこと言ってるっぽいマシューの友達のラストのセリフも、実はよく聞き取れなかった。観客がスタンディングオベーションのなか、私は複雑な気持ちで拍手していた。
まだまだ、観に行く演劇を選ばなければならないことを痛感したのだった。
9.11があったから、劇団員たちは再度ララミーにインタビューしにいくことを決めたらしい。ララミーでマシューはメモリアル化されていた。先月私がワールドトレードセンターの跡地に行ったときも、そこはすでにメモリアル化されていた。あの日を忘れない、あの事件を忘れない、そう、固く思うことに、どういう意味を見出すのか。
わからないながらも、あれこれ考えさせられた芝居だった。写真は劇場に行く前に歩いたブルックリン橋より。


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